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名古屋タイムス 2004・4.22 4面

ニュース特捜隊 「教育の現場で何があったか」上

 会議録テープ 暴力で奪う
 元校長 元教頭を書類送検

 三重県立盲学校(津市高茶屋4−39)の元校長と元教頭が強盗致傷の疑いで津地方検察庁に書類送検されていたことが、このほどわかった。被害者で元同校教諭辻 正人さん(42)=2003年、三重県教委から分限免職処分を受け、処分撤回を求めて係争中=は、被害を受けた際、重傷を負い身体障害者になったとして、損害賠償請求の民事訴訟を津地裁に起こしている。人に優しいはずの福祉と教育の現場で何があったのか。県教委、県警の不可解な対応を検証した。     (田口)


 3年前に何があった!?三重県立盲学校で
(学校正門の写真)

 重傷の元教諭は身障者に

 訴えている辻さんの訴状と刑事告訴状を基に事件を再現すると次のようになる。
 3年半前の2000年11月27日、辻さんは、職員会議の後、校長、教頭、同僚教員らに会議室に監禁されそうになったため、その模様をカセットテープレコーダーで録音しようとした。そのテープを奪おうとした校長、教頭は、辻さんの体を何度も突き飛ばしながら校舎の陰に連れて行き、柔道で国体に出場した経験がある教頭が、辻さんの右腕に関節技をかけ体を振り回した後、身動きできなくし、校長がテープを奪った。
 辻さんは大声で助けを求めたが、近くの職員室にいたはずの教職員たちは気付かないふりをした。
その際に辻さんは右上腕神経叢(そう)引き抜き損傷という大怪我を負い、その後遺症で3級の身体障害者になってしまった、というもの。

 同年4月ごろから職員会議で辻さんが、「総合学習の時間に教科を教えるのは問題ではないか」などと発言すると、教職員らが大声で罵声(ばせい)を浴びせ、怒鳴りながら迫ってくることがおおくなった。
身の危険を感じた辻さんは、学校内で起こる脅迫的な出来事は、すべてテープに録音するようになった。
 この日の職員会議でも同様なことが起こり、辻さんはテープを回していた。              
 
 圧力?告訴から2年半の”空白”

 事件直後、近所の病院へ駆け込んだときの辻さんは、頭から右上半身が真っ赤に腫れ上がっており、「右前腕、頭部打撲」と診断された。
 翌日、津市内の総合病院に入院、「右上腕神経叢損傷の疑い」と診断され、その際担当の医師から「あなたのけがは、大変な重傷」と言われたという。
 その後、三重県内の整形外科専門病院などに入院し、最終的に名古屋大学病院整形外科で「右上腕神経叢引き抜き損傷」と診断された。
 激痛が治まらないため、01年12月には、頸椎(けいつい)に刺激電極、腹部にバッテリーを植え込み、脊髄(せきずい)に電気刺激を与えて痛みをブロックする手術を名大病院で受けている。現在も月数回、名大病院麻酔科で通院治療を行っているが「麻酔はだんだん効かなくなっている。夜も眠れないほどの激痛はむしろ悪化している」(辻さん)。

 一方、治療を続ける傍ら、辻さんは三重県教育委員会に対する訴えや、三重県警津署へ被害届などを出したが返事はなかった。
 01年の7月、辻さんはついに元校長と元教頭の2人を強盗致傷で津署に告訴する。ところがこの告訴状は、その後不思議な経緯をたどって2年半ものの間、宙に浮いてしまう。
 今年1月、辻さんが津署にそのことを質問すると「書類送検したが、書類を検察から戻され困っている。検察庁に行って話してきて欲しい」と答えたという。本紙の取材に対し、津署は「仮にそういう事実があったとしても、答えられない」と回答している。
 辻さんは代理人の中村亀雄弁護士とともに三重県地方検察庁を訪れ、中内 勉検事正に面会すると、どう検事正は「送られてきた書類を警察に返す、などということは制度上できない」と明言したが、「ただ、受け付ける前の段階で『相談』ということなら・・・」と言葉を濁した、という。
 何らかの圧力があったことをうかがわせるが、それでも警察は検事正の明言を受けて、今年3月15日、ようやく元校長、元教頭の2人を書類送検した。


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名古屋タイムス 2004・4・23 4面

ニュース特捜隊 「教育の現場で何があったか」下

 三重県立盲学校 暴行事件のナゾ

「裏金づくり知った」元教諭に

 校長反論「すべてうそ」
 「障害は以前からでは」

     学校ぐるみ いじめ

 2002年2月に起こした民事訴訟の原告本人尋問の中で、「なぜテープをとっていた(録音していた)のか」との弁護士の質問に、辻さんは注目すべき事実を明らかにする。
 「わたしが盲学校でコンピューターを使って図書館の蔵書点検をしたところ、あるはずの本が多量にないことに気付いた。これは盲学校で裏金づくりが行われていたためです。それをわたしが知ってしまったため、(図書館の司書に)命に気を付けるように言われていたのでテープレコーダーで身を守っていました」
 2000年11月27日の事件以来、半年の入院の後、学校に戻った辻さんに、4月の人事異動で代わった新校長は「暴力事件はなかった、と職員会議で決議した」と宣言。辻さんから仕事を取り上げ、学校ぐるみの「いじめ」が始まったという。(辻さんの話)。
 辻さんは事件の経緯やいじめの実態を自分のホームページで公開し始めた。教育委員会は辻さんを呼び出し、ホームページを削除するよう命じたが辻さんは応じず、03年2月、解雇される。
 県立盲学校の西村 和平新校長は、「辻さんの言っていることはすべてうそ。ホームページに書いてあることも全部でたらめ。職員会議で決議などしていない。わたしは見ていたわけではないが、当時学校にいた人は、誰も(暴行現場を)見ていない。そう聞いている」と反論。          

 しかし、現実に辻さんは大怪我を負っている。民事訴訟の被告人尋問で、元校長、元教頭の2人は「職員会議の後で辻さんからテープを取り上げた」という事実は認めている。「少し体に触ったくらい」と答えた被告に、弁護士が「触ったくらいで、抵抗する*さんからテープを取り上げることができたんですか」と聞くと、2人は黙り込んでしまったという(辻さんの話)
 西村校長は「障害は以前からあったのではないか。この学校に赴任する前、三重県立聾学校にいた辻さんが腕を吊っているのを見たという人もいる。
腕の痛みも本当かどうか。辻さんが学校の中で、右手を使っているという人が何人もいる」。

 また、元校長らの代理人を務める****弁護士も「そういう事実(元校長らの暴力)はなかった、というのが被告側の立場。辻さんの障害は、子供時代に負ったけがによるもの。こちらは、それを立証する必要はない。可能性として反証を挙げているだけですから。判断するのは裁判官」と話す。

 辻さんの診断書を書いた名古屋大学付属病院麻酔科の****医師は「一般論」とした上で、
 「神経叢(そう)の引き抜き損傷という病態は、非常に強い力が瞬間的に加わって、筋肉は断裂しないが内部の神経の束が引きちぎられたという状態。診断は整形外科がMRI(磁気共鳴画像装置)を使って画像的に確定する。」
 「確かに痛みがあるかどうかということは数値化できないし、心因性の疼痛(とうつう)というものもあるが、そうした病態に電極を埋め込む治療というのは考えられない」と説明。
 この説明を客観的に理解すれば、障害が過去のものとすると、辻さんは子供のころから障害者だったはずで、障害そのものが存在しないという可能性も否定される。

 辻さんの代理人を務める中村亀雄弁護士は、「暴行を受けた時の辻さんの供述の克明さと、この怪我の状態が何よりの証拠。腐敗した学校と、上司に盲目的に従う内部の人の事なかれ主義、癒着体質の教育委員会と警察、そうした組織全体の腐敗が、この事件の本質です。これは、絶対に勝たなければいけない裁判だと思っている」。

 現在民事訴訟と平行して、辻さんの解雇を無効とする行政訴訟も進行しているが、
民事訴訟の方は5月6日に結審する。                      (田口)


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